ヨノナカ童貞。

食物連鎖の下から2番目

ポケモンは人生のリトマス試験紙である

f:id:b_bf_wu3:20161118215438j:image

僕は初代ポケモンが発売された当時小1という、もろにポケモン世代である。

小学生の頃は新作のポケモンが出ると、新しい冒険が始まると、胸を高鳴らせていたのを未だに鮮明に記憶している。

そして一般的には、その鼓動は年齢を重ねるごとに収まってくる。おそらく僕の世代は、ポケモンルビー・サファイア(中学生あたり)でポケモンを卒業する奴が大半だろう。

しかし、未だに架空の冒険に心を奪われ、ポケモン離れ、いや乳離れできない精神年齢が異常に幼いの層がいる。

それが僕だ。

僕は年齢こそすでに誰にも抑止されずに、手放しで生殖行為を行っても文句を言われない年齢に達したものの、未だに冒険へのトキメキは忘れていない。

そう、精神年齢は中学生の頃から止まったままなのだ。

ポケモンGOリリース時は、20代全員がゲームに没頭しただろう。だから、別に特別幼いわけでもあるまい」といったような批判があるだろう。

たしかに、今回のポケモンGOのブームは確かにポケモン世代のキンタマを鷲掴みにした。鷲掴みにした上に愛撫した。しかし、そこには楽しみ方が確実に2つのパターンに場合分けできることは間違いないだろう。

それは、ポケモンを懐かしんでプレイしている奴と、現在進行形でポケモンの新作として捉えて遊んでいる奴だ。

後者が僕だ。

おそらくポケモンGOが第1世代(ピカチューとかミニリュウとか)からアップデートされて、上の世代が出現したとしても、懐かしい層はプレイしなくとも、僕はやる。熱狂的にやる。徹底的にやる。

だから今回の数年振りの新作・ポケットモンスターサンアンドムーンはある意味ぼくが大人に成ったのか、あるいは未だに思春期の厨二で留まっているのか、それを判定するリトマス試験紙になるのだ。

なぜなら僕は「大人に成る」という基準を自分の中に持っているからだ。

それは、少年ジャンプを卒業した時と、ポケモンを卒業した時だ。

ちなみに補足すると、少年ジャンプは全くやめていない。連載ラインナップの中堅に斉木くすおが来てしまう今のレベル感でもだ。かなりの重症だ。

そして、きたる11月18日の金曜日。
世間は華金を楽しんでいるなか、飲み会にも向かわず、寄り道もせず当然のように最短ルートで帰る。

すると、玄関にはまるでそこにあるのが当たり前かのように準備されている段ボールが置いてある。

f:id:b_bf_wu3:20161118214653j:image
・事前にも確認済みだ


中身はもちろんアレだ。


アレの新作だ。

f:id:b_bf_wu3:20161118215251j:image

今回で一人前の大人になれるか。

本当の冒険はいつもここから始まる